□愛宕山公園
目の前の浦賀港は戦国時代から使われ、徳川時代には
外国貿易の拠点の一つであったようだ。
港を見通せる高台として公園となった。
明治24年開園で市内で一番古い公園で、かなり風化し
ており不揃いな石段と、ご覧の様な草深い状態は時の
経過を物語るようであるが、こんな鄙びた状態は史跡
巡りには相応しいのかも知れない。
石段を登って行くと、生い茂った樹木の間から浦賀港と
停泊する船舶の群れが間近に見えて来る。
この階段を登り切ったところは広場が広がり、周囲の眺
望が更に開けてくる。
この眺めの良い高台に中島三郎助の招魂碑と、咸臨丸
出航の碑がある。
文化センターから、外海に向かって更に歩を進めると渡し船の船つき場を過ぎて間もなく、愛宕山公園の入り口にがある
三郎助は幕臣として徳川幕府に節義を守り、榎
本武揚等と函館五稜郭に籠もって、新政府軍を
迎え討ち、千代ケ岡で散った。
三郎助、勝海舟らと共に長崎の海軍伝習所へ
派遣され海軍士官としての修業と造船技術を
身につけ、海国日本の基礎を築き揚げた。
有志で招魂碑を建て、一緒に戦った仲間の榎本
武揚がこの招魂碑の篆額を書いている。


日米修好通商条約の締結100年を記念して昭和
35年(1960)に建てられた咸臨丸出航の碑もある。
◇中島三郎助招魂碑と咸臨丸出航の碑
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愛宕山公園