高井鴻山記念館
高井鴻山
文化3年〜明治16年(1806〜1883)
鴻山は幕末維新の激動期に陽明学の"国利民福"の信条をつらぬいた
人である。
15歳から16年間、京都や江戸へ遊学で各界第一人者から多彩な学問
や芸術を納め自由で幅広い人脈を築き、佐久間象山はじめ思想家や文
人たちと交流において、日本の行く末を憂い、巨万の財力を使い、幕末
の変革に関わった。
江戸の浮世絵師「葛飾北斎」など文人墨客を招き小布施を文化の街とす
る、一方飢餓の窮民を救い、維新では教育に尽力し、東京、長野に私塾
を開いた。
高井家は浅間山麓から移住し、北信越きっての豪農商となり、信州始め、
江戸、京阪北陸、瀬戸内まで商圏とする商いをした。
鴻山の祖父作左衛門は天明の飢餓に倉を開き築いた巨万の富を困窮者
の救済に当て、その功績から幕府に認められ、「高井」の苗字と帯刀を許
された。
記念館の構成
幕末から明治にかけて活躍した小布施の豪商「高井鴻山」の屋敷
の一部を解放し、高井鴻山の絵や功績など紹介展示してある。
葛飾北斎を含む鴻山の幅広い交友関係や、絵画などに優れた才能
を示した跡を偲ぶことが出来る。
中庭を囲む様に鴻山の祖父が江戸時代に隠宅として建てた京風建
築で、 鴻山の書斎やサロンになっており、一方ではここで鴻山を訪
れる幕末の志士や多くの文人墨客が語り合った。
建物にいろんなからくりが仕組まれている。

鴻山や北斎の作品や遺品が展示されているが、一方では激動の幕末
に幕府の監視の中、過激攘夷志士たちをも迎え激論を交わした居室に
幕末の雰囲気がたっぷりと伝わってくる場所である。
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