愛宕山公園
文化センターから、外海に向かって更に歩を進めると渡し船の船つき場を過ぎて間もなく、愛宕山公園の入り口にがある。
公園の入り口には案内板が出ているので、それを目印に
行けば見つけ易い。
明治24年開園で市内で一番古い公園で、かなり風化しており
不揃いな石段と、ご覧の様な草深い状態は時の経過を物語る
ようであるが、こんな鄙びた状態は史跡巡りには相応しいの
かも知れない。
石段を登って行くと、生い茂った樹木の間から浦賀港と停泊
する船舶の群れが間近に見えて来る。
この階段を登り切ったところは広場が広がり、周囲の眺望が
更に開けてくる。
この眺めの良い高台に中島三郎助の招魂碑と、咸臨丸出航
の碑がある。
三郎助は幕臣として徳川幕府に節義を守り、榎本武揚等と函館
五稜郭に籠もって、新政府軍を迎え討ち、散った。
三郎助、勝海舟らと共に長崎の海軍伝習所へ派遣され海軍士官
としての修業と造船技術を身につけ、海国日本の基礎を築き揚げ
た榎本武揚の仲間に対する 特別な思い入れがこの招魂碑に結
集された感じがする。
此処は浦賀港を一望に見渡せる愛宕山山頂の適地であり、母卿
の地を思い舟を愛す三郎助を追慕する浦賀の人々の鎮魂の碑で
もある。
招魂碑の向かい側には浦賀港越しの高台に彼の墓が対座するよ
うに建ち、入り江を挟む用に東西からこの港を見守っている。
日米修好通商条約の締結100年を記念して昭和35年(1960)に
建てられた咸臨丸出航の碑もある。
木の葉の様な舟に乗り、異国の地に驚きと感動を読んだ咸臨丸
に乗船した、勝海舟、福沢諭吉、ジョン万次郎らの名が裏側に
連ねている。
浦賀港にせり立つ、愛宕山は慧眼が素晴らしく、公園の
一番外海に近い所からの写真である。
浦賀港に出入りする舟、相模湾から東京湾に行き交う
舟、霞のかかった海の彼方には房総半島が見え、
ぼーっと立って居ても飽きない場所である。
しかし自然を逆らうようにブルトーザーの爪が緑をはぎ
取り、無残に掘り起こされた土が剥き出しになっている。
開発の手が此処にも及んでいる。
この素晴らしい慧眼は何時までも残して欲しいと
思うのだが・・・。